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日本の明日を夢見てジャーマンアイリスを生ける

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  まったく意味不明なタイトルであるが、もちろん口から出まかせである。 おいおい。 象形流華道は、日本に数多く存在する諸派の、あれこれ型にこだわる華道から一歩も二歩も三歩も先んじて、天・地・人も、真・副・体も、真・副・控も、主枝・客枝もない、そんなもんはどーでもいいという、てきとーいいかげんに生ける華道である。 こらこら。 野の花自然の植物樹木を採集して生けることを基本として、あたしの並外れたゲージュツ的感性と才能だけに頼る自由極まりない生け花である。 実はこのジャーマンアイリスは我が100万坪の大庭園の一角に知人が勝手に植えて行ったもので、その後、良い色合いの株を持ち去って、その残りの、知人的にはいわば変な色合いの皆さんである。 どうも、原種というのか当初の色合いは作品下部のえんじ色のものであったらしく、放っておくとほかの色合いのものもどんどんえんじ色になってしまうのである。 その結果、現在は青色とえんじ色の株だけになってしまったのであるが、あたし的には、それもこれも神の思しめであろうから、まあいいやということである。 この罰当たりの無神論者が何を言うか。 いいじゃん、このぐらい、言わせてよ~。 アヤメとジャーマンアイリスの見分け方なんてまぬけなネットのネタがあるが、見分けるも何もアヤメとは相当に違うので誰でもひとめでわかるのである。 まあ、アヤメにもいろいろ品種があるので、中にはジャーマンアイリスと見分けのつかないものもないとは言えないだろうが、相当に違うと再度念を押しておくのである。 ジャーマンアイリスの本名はドイツアヤメで、アヤメ科アヤメ属の植物を交配したもので、野生のものはなく、1800年代の初期にドイツやフランスで品種改良されて、その後、さらにアメリカが多数の品種が作られた多年草である。 花期は5 - 6月ごろで、開花期が短くあっという間にしおれてしまうので、生け花としては採集も含めて時間との闘いである。 生け花に戦いもないもんであるが、かつては花戦と言われた通り、競って自らの技術才能を誇示したわけである。 なんのくだりだよ。 しらんがな。 こんなんでええんかな。 ええわけないやろ。 その変な関西弁はやめろ。 やだよ~~~~~~~~~~だ。 ああ、情けなくて泣きそうになってきた。 もちろん、華道家としては一瞬の花の輝きをいかにこの世に残して差し上...

ゴールデンウィークを表現してシランとツツジを生ける

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ゴールデンウィークを表現するといっても、なにしろ形而上のテーマになるわけであるから、ひとそれぞれ、思いもそれぞれで、何が何してなんとやらである。 それでそのテーマに合う花を探して我が100万坪の大庭園をうろうろと散策してみたら紫の花色も鮮やかなシランが咲いていたのである。 シラン(紫蘭)は別名を紅蘭(こうらん)、白笈(はくきゅう)と呼ばれ、ラン科シラン属の多年草である。 おおこれだ、何しろ紫蘭というぐらいであるから、花の王様の蘭の仲間である。 しらんがな。 やめろ。 ハイ。 とにかく、これ以上ゴールデンウィークにふさわしい花はあろうかと、勝手にこじつけていそいそと採集したのである。 その花の王様の蘭をいかにしたら活かせるかと、さらにうろうろと大庭園を歩き回ったら、白いツツジが今を盛りと花開いていたので、ううむ、これはいい、これを合わせればまさにゴールデンウィークの取り合わせだと、これも勝手にこじつけて、生け花用の花鋏では枝が太すぎて歯が立たないので、植木鋏を持ち出してバツンバツンと切ったのである。 さてさて、ゴールデンウィークが表現できたかどうかは見たもののお楽しみであるが、あたし的には大満足である。 いやー、生け花ってほんとにいいもんですね。 何が? しらんがな。 ・ 象気功

初夏の訪れを祝ってシャガとトキワマンサクを生ける

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ううむ、我ながらなかなかダイナミックで華やかなできあがりだ。 ああ、自分の才能がつくづく怖い。 自画自賛が済んだところで、まあ、初夏というのは現在の暦では5月初旬から6月初旬を表す言葉である。 旧暦の二十四節気では、立夏(5月6日頃)に始まって、小満、そして芒種(6月5日頃)の前日までのことを言うわけであるが、まあ、いずれにしてもおおむね5月から梅雨のころまでということである。 とにもかくにもこのところ気温が急に上昇して夏日がちらほら散見する今日この頃、初夏の趣きのここちよい風がふきそよぐわけである。 そんなこんなで我が象形流華道も夏の雰囲気を醸し出すことに注力する頃合いとなったので、いかにしたらそれが叶うか苦心の末、いつものように野山を走り回り、シャガとトキワマンサクをゲットして、てきとーに生けたわけである。 てきとーといってもそこはそれ天才華道家のあたしであるので、基本はおさえた華やかな表現を旨としてあれこれそれこれしたのは言うまでもないことである。 シャガ(射干)は別名を胡蝶花(こちょうか)といい、アヤメ科 アヤメ属の常緑多年草である。 開花期は4月から5月で今が盛りの花であるが、地方によって違うのは言うまでもないことでる。 トキワマンサクは、マンサク科トキワマンサク属の常緑樹である。 開花期は4月から5月初旬であるが、これも地方によって違うのは言うまでもないことである。 まあ、そんなとこかな。 ・ 象気功

晩春の華やぎを表現してドウダンツツジとツツジを生ける

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白い花がドウダンツツジで、赤い花がおなじみのツツジである。 右下に伸びるドウダンツツジの枝はシンメトリーを崩すための華道の基本としての一手である。 ドウダンツツジは古来より有毒という定説があるが、近年は無毒というのが定説である。 ドウダンツツジ(灯台躑躅、満天星)は、ツツジ科ドウダンツツジ属の植物で、4月ごろが開花期で白い釣り鐘型あるいは壺型の鈴蘭のような花をつける。 灯台躑躅の語彙は枝分かれしている様子が夜間の明かりに用いた結び灯台の脚部と似ており、その「トウダイ」から転じたものと言われている。 満天星の表記は中国語名の表記に和名のドウダンツツジの読みを充てたものである。 なるほどね。 晩春の季語である満天星の花(ドウダンノハナ)はそのへんから来ているわけである。 二十四節気では晩春を清明(4月5日ごろ)から立夏の前日(5月5日ごろ)までと定めているが、まあ、旧暦を基準としているので現代の実際の感覚とは多少違うかもしれないのである。 晩春というとなんとなく春のたそがれという趣きがあるが、山野は春爛漫真っ盛りで、我が100万坪の大庭園も今を盛りとあれこれの花が咲き乱れているのである。 その膨大な華やぎを花器である薄端(うすばた)の上に表現したわけである。 そこで一句。 満天星の花にカラスの笑い声 ううむ、やはり天才だ。 クンダリニー暴発により脳が覚醒している。 いや、べつにしゃぶのせいではない。 こらこら誤解されるからよしなさい。 ・ 象気功

春爛漫の庭を表現して紅白のツバキとニシキギを生ける

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  なにしろ春であるので、我が100万坪の庭園は花が咲き乱れ樹々は緑に装い、あたしら無粋な脳みそ筋肉系華道家にも日本の美しい季節の移り変わりを見せてくれるわけである。 誰が脳みそ筋肉系華道家だ。 その春爛漫をいかに表現するかが華道家の心意気であるが、文章がいいかげんなのは腹が減ってるからである。 腹が減っては戦はできぬの例え通り、花戦(はないくさ)ともいうとおり華道家の戦場にいざ出陣したからには命を懸けて花を生けるのが正しい人生の対処法である。 こらこら、てきとーにキーボードを打ってるが、内容がないようなんちゃってねなんちゃってね~~~~。 ああ、日本を建て直し日本の未来を造るために現わされた史上最強の超絶念力を持つ天才霊能気功師日本の守り神の象師匠がこの体たらくでは、日本の明日はどうなるんでしょうねえ。 バカ? バカで~~~~~す。 しかし、このブログの意図はなんなんだよ。 しらんがな。 上部に凛として屹立しているニシキギ(錦木)は盆栽や庭木として大変人気があり、どなたにも育てやすいニシキギ科ニシキギ属の低木である。 ここでは春の表現として緑の葉と小さな果実を題材としてるが、ニシキギの人気は名前の由来ともなっている錦のような秋のみごとな紅葉である。 それを今言うかという展開であるが、浅学菲才とはいえ知識をひけらかすということで自己満足のために一応言っておくのである。 性格が最悪だなあんたは。 ほっといてくれ。 てなとこかな。 こんなの公開して大丈夫かね。 ならやめればよかろう。 やだよーだ。 あんたはなんかのびょうきか? ハイパーグラフィアです。 もうわかったからいいよ。 ・ 象気功

春の風を表現してモクレンとムラサキハナナを生ける

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やわらかな春の風が左から右に吹いているのである。 象形流華道は生ける時間が基本的に5分というコンセプトであるので、そのためにあらかじめ脳の中では完成図を描いておいて、山野を走り回って花を採集するときに切りそろえておくのである。 街の生花店で売ってる切り花とちがい、自然の花は生けると水上げが悪く寿命が短いものが多く、うっかりしてると数時間でしおれたりするので、一瞬の芸術である。 水上げとは生け花において、切り花として摘花後に花の鮮度を保つために水を吸わせる作業である。 上部の紫色の大きな花がモクレンである。 元来のモクレンは観賞のためではなく、そのつぼみが漢方で「辛夷(しんい)」と呼ばれ、頭痛や鼻炎の薬とされたそうであるが、もちろん我が家のモクレンはそのために植えたわけではなくある意味勝手に育って紫紅の花を咲かせているのである。 下部のねじめ部分のムラサキハナナの本名はオオアラセイトウでアブラナ科オオアラセイトウ属の年を越して翌年に枯れる越年草である。 別名に諸葛孔明が広めたといういわれからショカツサイとも呼ばれ、形状が似ている菜の花(アブラナ)にと野菜としての利用や種から油を採取する実用野菜である。 実は我が家ではこの花を古来よりダイコンドウと呼んでいたのであるが、今回生けるにあたって調べてみるとムラサキハナナはハナダイコンとよく似ているため混同しているのであろうということが分かったのである。 ムラサキハナナとハナダイコンの違いは、ムラサキハナナの葉が広がっているのに大してハナダイコンの葉は細いということがあり、また、ムラサキハナナの花は一輪ごとに離れているが、ハナダイコンの花は密集しているという違いがある。 まあ、別に生け花としてはどーでもいいわけであるが、ブログに掲載するにあたってはやはり正確なところを知りたいわけである。 ちなみに生けた次の日にモクレンの花が開いたのである。 あーらびっくりね。 ・ 象気功

春爛漫を表現してツバキとレンギョウを生ける

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なにせ春爛漫である。 春になれば花は咲き乱れ鳥は唄い人は浮かれて花を愛でに出かけるのである。 赤い花がツバキ(椿)で黄色がレンギョウ(連翹)である。 葉の緑とレンギョウの花の黄色とツバキの花の赤で、みごとに緑黄赤の信号機を表現しているのである。 何言ってるの? まあ、ツバキと非常に似た花にサザンカがあるが、ツバキとサザンカはともに種類が多く見分け方が非常に困難である。 ざっくりとした見分け方は、おおむねのツバキはボトンと花がまるごと落ちるのに対して、おおむねのサザンカは花が一枚ごとに散るということである。 今回生けた花はみごとにボトンと落ちる花であるので、おおむねツバキである。 そのボトンと花がまるごと首が落ちるように落ちるところからツバキは江戸時代の武士に嫌われ、現在でも縁起が悪いとする向きもあるが、ツバキからすれば大きなお世話である。 赤い花なら曼殊沙華という詩があるが、あたしに言わせれば赤い花ならツバキである。 つまりツバキ派の華道家といえるわけである。 ううむ、意味不明だ。 レンギョウの開花期は3月から4月で、まさに春の花である。 もちろん某宗のお題目のナンミョーホーレンゲーキョーとは無関係で、連翹の連は実が並んで枝に付いていることの意味で、翹は雉が尾羽を広げて高く飛び立つさまの意味であり、転じて茎が高く屹立していることを表しているのである。 そのレンギョウで春の氣が吹き上げる様子を表現したわけである。 まあ、そんなとこかな。 ・ 象気功